9月8日

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9月8日 日曜 晴
上田に小学校野球大会を見物。午后二時半、我家を出発して赴く。県校は北校グランドに於いて本塩田校と戦いをまじはる事となりて、余等の北校着きし時はすぐに戦いは開始せられて居た。一進一退手に汗を握る戦いだが、三回裏に県校一挙に八点を獲得。大勢すでに定り、結局10--1にて県校大勝せり。次回は拾五日。
丸子対浦里の一戦が実に見事なり。結局2--1にて丸子校勝利なりき。
豫記
床次竹二郎逓相は、療養中の所、本日午前七時心臓麻痺にて逝去。行年七拾歳。逓相は岡田総理の兼任となる。

 ハーヴェイ・ミルクの半生を描いた映画「ミルク」を見た。ゲイの市民権を求めて、ミルクは何度もロサンゼルスの市議会選に打って出るが落選。しかし、小選挙区制が導入され、公職に就いた初のゲイとなる。ミルクの住む地区は、ロサンゼルスでも特にゲイが多く集まっていたから選挙も有利に作用した。映画のなかで、「20人に1人はゲイがいる」と言っていたが本当だろうか。30年前のアメリカで、ゲイの市民運動が成功したことも興味深い。
 さて、オヤジの日記で床次竹二郎の逝去が記されている。彼は「小選挙区制」に非常に熱心な政治家として知られる。原敬に可愛がられるが、大正7年の原内閣のときには選挙法改正と小選挙区制の導入を実現する。また、昭和3年に民政党を離脱した床次は、新党倶楽部を結成。政友会と共同で、その頃に導入された中選挙区制を廃し、再び小選挙制の導入を提案するが、民政党の大反対のなかで挫折する。彼の提案は「床マンダー」と呼ばれるが、小選挙区制では露骨な選挙区割りが可能である。
 この"マンダー"は、サラマンダー(邪神)を語源とするが、アメリカで政党に有利な区割りをしたゲリマンダー事件に端を発している。1選挙区から1人しか当選しない小選挙区制では、特定の政党に有利なように区分けすることで、他の党の投票を無効にすることができる。日本では、ハトマンダー(第3次鳩山内閣)、カクマンダー(第2次田中内閣)など、その後も小選挙区制を巡る画策がなされるが、いずれも野党の激しい抵抗で法案が流れている。
 今回の民主党大勝利も、この小選挙区制が有利に作用している。自民党が選挙区内での棲み分けを有利にするために行った施策が、逆に作用した。かみさんが、「社民党や国民新党なんて、ほとんどいないでしょ。どうして大臣ポストをふたつも用意するのかわからない」と怒る。しかし、これも次期選挙を考えた上での妥協だろう。小選挙区制では、少数政党の支持者が持つ数字も、大きくプラスに作用するからだ。

昭和10年今日の出来事
・九州帝大のグライダークラブが、飛行時間4時間12分の飛行時間で日本記録となる。

備忘録
「ミルク」と一緒に上映されていたのは「フロスト×ニクソン」だった。しかし、ウオーターゲート事件に詳しくないこともあって、途中で眠りたくなってしまう。

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