8月18日

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8月18日 日曜 晴
今夜は大屋名物灯籠流しなり。午后八時頃大屋に赴く。町の賑やかさはなんと言って良いか、到底筆舌には尽くされぬ程なり。ドーンドーンと景気の良い音を立て、パーッと或いは赤に或いは青に、緑、紫、黄色と刻々と変化をなして花火が上がる。こん黒の川面を種々に意匠を凝らした灯籠がゆらりゆらりと流れ行く様は花火の交錯だ。余は恍惚としてこれを見とれて居る。
  灯籠のほかげ映りし川面には
   黄金に輝く今宵なる哉

 朝5時に、電話が入る。お盆に土産物を届けた家からだった。こちらは早朝に何事かと思うが、相手は平然と日常話を始め、土産物のお礼を言ったりする。20代の頃、田舎に戻ったこともあり、彼らの生活パターンは理解しているが、この早朝電話だけは、未だに不幸の知らせかと思いドキッとしてしまう。
 田舎では朝の4時5時に起きて農作業をし、8時頃に会社に出勤する。夜も8時頃に寝てしまう家が珍しくない。私は親戚の家に夜に電話するときも7時までとし、相手をびっくりさせないように気を遣っている。思えば子どもの頃も、早寝早起きは当たり前だったが、唯一遅くまで起きていて良い日があった。お盆の花火大会と大晦日である。
 大屋の灯籠流し大会は、私にとってもなつかしい思い出だ。この灯籠流しは花火大会で、さまざまな屋形船が仕掛け花火となる。空に大輪があがるとともに、川面の屋形船が花火で彩られる。ディズニーランドの「エレクトリカルパレード」を花火で演出するようなものだが、刹那的だけに見応えがある。花火仕掛けの屋形船が次々と登場し、これが2時間近くも続く。最後はいつもナイヤガラの滝がかかり、全長100メートルぐらいの大屋橋から白い光が流れるように千曲川に落ちた。
 大屋駅周辺には、屋台が立ち並び、歩くのもままならないほどの混雑ぶり。家族そろって出掛け、氷水を食べたのも、いまではなつかしい。大屋は小さな町なのに、よくあれほど盛大な花火大会がやれたと感心するが、商店街に活気があった頃だった。スーパーやコンビニもなく、商店主と客の交流も親密だ。その多くが顔見知りとなっているから、大屋駅をよく利用する親戚の小父さんは店に傘を預けていた。当時は持ち合わせがなくても、ツケで買えた時代でもある。
 しかし、ずいぶん前から花火大会だけとなり、数年前にそれも廃止された。河川の汚染問題もあるが、町がシャッター街となり、協力する若者もいない。

昭和10年今日の出来事
・ドイツで飛行技術を学んだ阿野勝太郎が操縦する青梅号がロンドン-東京(羽田飛行場)間を99日目で到着。アジアとヨーロッパ間南回りの飛行で日本人が始めて成功した。

備忘録
大屋駅の近くに大屋神社があるが、ここには猫石という大きな岩が置かれている。これは坂上田村麻呂が千曲川を渡ろうとしたとき、猫が大きな岩にいるのを見る。「猫がいる場所なら浅瀬だろう」と、田村麻呂が知ったという故事がある。

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